にほんブログ村 サッカーブログ 女子サッカー・なでしこジャパンへ

ランキング参加してます。ワンクリックお願いします

2010年11月14日

日ノ本学園

 記憶は定かではないが約20年前、私は田崎ペルーレというLリーグのコーチをしていたとき、当時ライバルチームであった宝塚バニーズ(現在は京都バニーズ)の監督河本さんに「兵庫県福崎の女子高に女子サッカー部ができたらしい。グラウンドが芝生なんで一回見にいかへんか」と誘われた。「良いですよ。行きましょう。」と足を運んだ先はずいぶん「いなか」の学校だった。グラウンドは確かに芝生だった。当時としては学校に天然芝なんて本当に珍しい学校だなと思った。それだけその学校は女子サッカーに力を入れる意気込みがあるんだなぁと感心はしたものの、当時Lリーグで指導をしていたので、「高校のチームが、まして創立間もない学校の選手がすぐにLリーグで活躍する選手はあまりいないだろう」と思い、それほど気にかけるわけではなかった。
 Lリーグのチームはこぞって関東の選手に興味があった。なぜなら全国でレベルが高いのは関東の高校だったからだ。しばらくたって、神戸の啓明学院が女子サッカーに力を入れて全国に名を轟かせた。とにかく、芝生のグラウンドを持つ女子高は私の記憶から消えていた。
 20年がたってその学校のチームは全国優勝を果たした。そしてその学校のグラウンドに私は今日立っていた。20年の面影はグラウンドの周りにはあった風景。でもグラウンドは芝生ではなく整備されたきれいな土のグラウンドだった。
 大阪桐蔭に来て最初の高校選手権関西大会1回戦の会場がここだった。相手は、夢野台高校。私の娘が行っている学校だ。先発メンバーを発表するとき当時のキャプテンの名前を呼び忘れた。キャプテンは「私は先発ですか?」って聞きにきた。先発メンバーを言うことなど、何回も経験したはずなのに選手より私が緊張していたのだろう。
 いろんなことが頭をよぎる。今日はこの試合会場に小学校と、中学校の同級生で中学校のサッカー部で同じチームのN君がやってきた。N君は姫路で中学校の先生をしている。N君は大阪桐蔭2年生のOさんのお父さんの大学時代の後輩。お母さんも知っているらしい。いろんな人が絡み合っている。N君が「こんど同窓会をするから来ないか?」と言ってきた。「今、何人か女の子にも声かけているからおいでや・・・」「女の子って、同い年やろ。49歳は『女の子』って言わんやろ!」(笑)
posted by TOIN at 22:27 | 監督